システムを入れた。データも入っている。それなのに、担当者の携帯は前と同じ回数だけ鳴る。「この案件、どうしましょう」という確認の電話が減っていない。
導入がうまくいかなかったときの典型的な風景である。そしてこのとき、多くの場合ツールの選定は間違っていない。移すべきものを移していないだけだ。
ツールが移すのは、作業と記録
業務をひとまとまりで見ると混乱するので、3つの層に分けて考えたい。
| 層 | 中身 | ツールで移せるか |
|---|---|---|
| 作業 | 入力する、転記する、集計する、印刷する | 移せる |
| 記録 | どこに、どんな形で残っているか | 移せる |
| 判断 | 例外か通常か、誰に確認するか、いつ止めるか | そのままでは移らない |
ツールを入れると、上の2つは確実に動く。手書きが画面になり、Excel がデータベースになる。ここは目に見えて変わるので、導入した実感も出る。
だが判断は担当者の中に残ったままになる。残ったままなので、判断が必要な場面では結局その人に確認が行く。電話が減らないのは、そのためである。
業務が変わったかどうかは、作業がどこへ移ったかではなく、判断がどこで行われているかで決まる。 画面がきれいになっても、決めている人と決め方が同じなら、業務は変わっていない。
判断が移らない理由は、書けないから
なぜ判断だけ移らないのか。意図的に隠されているわけではない。判断の基準が言葉になっていないため、システムに書きようがないからだ。
現場でよく見かける形は、こういうものである。
- この取引先は数量がぶれるので、月末は在庫を多めに見る
- この商品は指定の温度帯を外すと再検品になるため、積み込みの順番を変える
- この担当者からの電話依頼は、後で書面が来ない前提で控えを残す
どれも判断だが、本人の中では「当たり前すぎて説明するほどのことではない」と処理されている。だから要件定義の場で「他に決めごとはありますか」と聞いても出てこない。出てくるのは、本人が「これは説明が要る」と自覚している部分だけである。
同じ構造は、手順書が更新されなくなる現象にも表れる(引き継ぎ資料が半年で読まれなくなる理由)。言語化されていない判断は、文書にもシステムにも移らない。 置き場所を変えても、移るのは作業と記録だけになる。
「何を作らないか」を先に決めた例
当社が公開している事例に、精肉卸のお客様の在庫・原価管理がある(導入事例)。
この現場では、同じ部位でも1塊ごとに重量が違う不定貫(重量が固定されていない商品の扱い)という条件があり、一頭・セット仕入の原価按分がベテランの勘に依存していた。ここで受注から請求まで全部を作り直そうとすると、判断の塊にまとめてぶつかることになる。
実際に行ったのは逆で、受注・売上・請求は既存の販売管理システムのまま残し、在庫と原価だけを画面化した。そして実装の前に画面と流れを一緒に確認し、「何を作らないか」も先に合意している。
範囲を絞ったから小さく終わった、という話ではない。判断が集中している領域と、そうでない領域を分けたから、移せるものだけを先に移せたという順番の話である。結果として、手書き・二重入力・勘に頼る原価計算が、誰でも同じ操作で回せる形に置き換わった。
変わったかどうかは、例外の量で測る
導入の効果を測るとき、ログイン数や登録件数を見ることが多い。だがこれらは「作業が移ったか」しか教えてくれない。判断が移ったかを知りたいなら、見るべき数字は別にある。
| 見る数字 | 分かること |
|---|---|
| 例外として処理した件数 | 設計に入っていない判断がどれだけ残っているか |
| 特定の担当者への確認回数 | 判断がまだ個人に集中しているか |
| システム外(電話・口頭・付箋)で決まった件数 | 業務がシステムを迂回しているか |
| 差し戻し・やり直しの件数 | 判断基準が共有されていないか |
例外が減らないシステムは、まだ業務を変えていない。 逆に、例外の中身が「毎回違う理由」から「同じ3パターン」に収束してきたら、それは判断が言葉になり始めた合図で、次に自動化すべき範囲がそこに見えている。
導入前に確かめる4つの問い
機能一覧を比較する前に、次の4つを現場に当てて確かめておくと、判断の所在がはっきりする。
- 直近1か月で、通常と違う扱いをした案件はいくつあったか。 数えると、例外は例外でないことが分かる場合が多い
- その判断を、誰が、何を根拠に決めたか。 根拠が「経験」としか言えないなら、そこはまだシステムに書けない
- その人が3日休んだら、誰がどう決めるか。 答えが「止まる」なら、判断はまだ1人に集中している
- 決めた結果は、どこに残っているか。 どこにも残っていないなら、同じ判断が毎回ゼロから行われている
4つとも、ツールを選ぶ前に答えられる。そして答えられない項目こそが、導入後に「変わらなかった」と感じる原因になる。
当社が Chizel で対話による発見という形を取っているのも、この構造に対応するためである。白紙の要件定義書を渡して埋めてもらうのではなく、問いを重ねて判断の理由を引き出し、そのやり取り自体を記録として残す。
明日からの一歩
今動いている業務を1つ選び、直近1か月で「例外」として扱った案件を数えてみてほしい。件数だけでよい。
その数が想像より多ければ、次に入れるべきものは新しいツールではなく、例外を例外でなくす判断基準のほうである。数が少なければ、その業務は移せる可能性が高い。どちらに転んでも、機能一覧を眺めているより早く答えが出る。
